小宮やすゆう オフィシャルサイト もうひとつのシュガー・ベイブ物語 vol.2 山下達郎 登場

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Column

やすゆうくんの音楽ルーツ -もうひとつのシュガー・ベイブ物語- vol.2 山下達郎 登場

vol.27 もうひとつのシュガー・ベイブ物語 vol.2 山下達郎 登場(2016.4.8)

一番最後に僕らの中に飛び込んで来たのはクマ君でした。
高校卒業の記念に一枚のレコードを作成して、録音は良くなかったが音楽の情熱に溢れたそのアルバムにヨッシーさんは狂気した。本物のボーカル、特にファルセットが素晴らしい。そして彼が次のステップを踏み出すセットがあのDiskchartにあった。
 
野口明彦がいて大貫妙子がいて未来のマネージャーヨッシーさんがいて、そして僕が作った数曲を最初のレパートリーとしてSugar Babeの船出のすべてがあの場所にあった。
徳ちゃんをベーシストに迎えるという彼の希望は叶わなかったけど。
徳ちゃんと僕は、ター坊の「午後の休息」という曲をCityのようなアレンジで取り組んでいる最中だった。
ター坊を青い三角定規のような路線でデビューさせるという門間タカさんの野望を僕らは阻止すべく闘っていた最中だった。タカさんには悪いことしたが、アーティストを既成の和製フォークにレッテルを貼って制作されるシンガーの悲惨は見たくなかった。
 
だから、曲作り歌詞作りすべてアーティスト自身が未来を描ける作品をプライドを持って制作出来る実力を身につけようと、僕自身もその為に矢野誠氏に音楽理論と実践を勉強している最中だった。
風都市のアーティスト以外は眼中になかった。
僕らは洋楽の王道を歩んでると思っていたが、1972年のあの頃は実際はどマイナーで誰も耳を傾けようとはしなかった頃だ。
 
彼クマ君の名前は山下達郎。
僕は彼にオリジナル曲を書くよう勧めた。カバー曲はただイイねで終わってしまう、自作こそリスナーが評価してくれる唯一の道だから。チャートのセッションはわずか半年で終わるが非常な濃密な出会いと僕らの出発地点となったことを亡き日野原幼紀さんと後藤雅洋さんに感謝しています。