小宮やすゆう オフィシャルサイト やすゆう君の音楽ルーツ vol.4

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Column

やすゆうくんの音楽ルーツ

vol.4 1965年やすゆう君中学2年生から3年生です...(2015.12.18)

1965年やすゆう君中学2年生から3年生です。FENのエアチェックは続いております。
夜明けまで ラジオを聴き授業中寝ておりました。FENは1時間の内50分のショウと10分のニュースと天気予報で次のショウへ続くのですが全てがロックポップスの番組ではなくカントリーとかコメディ、キリスト教説教番組、ローカル(各地方基地)の現地DJの番組とアメリカ本土の人気番組で構制されておりました。そして1日数回ヒロコ クボタの日本語勉強のスポット放送があります。このクボタ先生はベタな日本語英語でA little language goes a long way(ちょっとした言葉もかなり役に立つ)とアメリカ兵リスナーに日本語を教えていました。やすゆう君は逆にこれで英語の勉強。
 
この年は画期的なロック誕生の年でありました。ボブ ディラン、バーズ、ラビンスプーフルなどフォークロックの登場の年です。きっかけはディランがこの年Bring it all back homeとHighway61の2枚のアルバムでエレキ化しニューポートフォークフェスティバルでオーディエンスに野次られIt's all over now,baby blueで保守的な 聴衆に決別しロックリスナーの耳にあの濁声が届いた年です。DJ達はDylanという名前の読み方がわからずダイランと発音していた人が多くいました。
6月にバーズがミスタータンブリンマン発表、イントロの12弦ギターが強烈に耳に残ります。その1月後Like a rolling stoneがオンエア。こちらもアル クーパーのイントロのオルガンが最大のインパクト、カッコイイ!ディランの最大の功績はポップスに歌詞の変革を起こした事です。それまで単純なラブソングの世界だったポップスに登場した事のない主張、メッセージを送ることが可能になりました。この年暮れにビートルズのラバーソウルが発表されるのですがこのアルバムがそれ以前のアルバムには無かったインパクトはディランの登場無くしてはありえなかったとやすゆう君は思うのであります。ちなみにビートルズは最大のライバルになり得るのはバーズだったと思っていたそうです。
そしてやすゆう君はクボタヒロコ先生のおかげで勉強などしていなかったのに無事高校へ。後で英語教師に聞いた話では入学試験での英語テストの結果が100点満点だったそうです。恐るべしFEN、ありがとうヒロコクボタ先生。
続く