小宮やすゆう オフィシャルサイト やすゆう君の音楽ルーツ vol.25 南佳孝

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Column

やすゆうくんの音楽ルーツ vol.25 南 佳孝

vol.25 南 佳孝(2016.4.6)

さて、1972年の夏、無事はっぴーえんど公演も終わり夏の終わりとともにまた僕は東京へ戻ります。
地元の長崎での拠点はヨッシーさんの借りた大橋のアパートで彼は大学をドロップアウトし長崎県対馬の離島で道路建設現場で友人達と働いて夏の間何か僕らの企画するプロジェクトがあると帰って来る生活を始めていました。その事がとても引っかかり気にしておりました。彼のように音楽を愛している人間が何故離島で慣れない肉体労働に従事するのか。
もうひとつ僕らの拠点となったのがヨッシーさんのアパートのそばに新しくできたカフェMOG。
路面電車の大橋駅のすぐ近くに宇都宮からやってきた岩永公平さん夫妻が作った赤いペイントのおしゃれなカフェでした。ヨッシーさんが初めてそこへ連れって行ってくれた時僕は吃驚。正午になるというのに店は開いておらずお店の二階の窓へめがけ小石を投げオキローと怒鳴るのです。寝ぼけ眼で降りて出てきた髭のおじさんが公平さん。無愛想でおっかなげで、でも本当は心優しい髭おやじとの知り合った瞬間でした。
僕はその店のカルボナーラが好きになってひと夏食べ続けました。
 
そしてその夏の終わりとともに東京へ戻ると矢野さんのスタジオでは編曲の依頼が増えて来つつありました。
トリオがShowboatというレーベルを立ち上げ南佳孝君の摩天楼のヒロインのアルバム制作です。南佳孝君は大学のいっこ先輩でいろんなライブハウスや喫茶店でお会いする機会があり気さくな先輩でした。
矢野さんが仕事が忙しくなったからマネージメント出来る奴がいないかというので僕はすぐさまヨッシーさんこと長門芳郎氏を東京へ来るよう長距離電話を入れたのです。
その後のヨッシーさんの活躍は音楽ファンならご存知ですね。