小宮やすゆう オフィシャルサイト 長門芳郎インタビュー

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長門芳郎インタビュー 2015年4月1日

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長門芳郎インタビュー

長門芳郎

     イラスト:桑原節

小宮やすゆう『64』リリースにあたり、小宮氏とも縁が深い、長門芳郎さんにインタビューさせていただきました。
高校時代のバンドのことから、ジョン・セバスチャン来日、シュガー・ベイブ、はっぴいえんどのコンサート開催秘話などたいへん興味深い貴重なお話を伺いました。
 
(聞き手)大場章弘(2015年3月25日)
※アルバム6曲目「ヨッシーさんの玉手箱」は長門さんのことを歌った曲です。
 
写真提供 / 長門芳郎

Interview

OBA
長門さんと小宮さんは高校時代にバンドを組んでたと初めて知りました。誰がどんなパートでどんな曲をやってたんですか?
 

長門
THE OTHER
中学時代に知り合い、好きな音楽が似通っていたことから仲良くなって、別の高校に進学した後も彼の家に入り浸りでレコード聴いてました。ふたりともラヴィン・スプーンフルやポール・リヴィア&ザ・レイダース、キンクス、ゾンビーズなどが大好きで、そんなバンド組もうと。 THE OTHER(ジ・アザー)と名付けたのは僕。
小宮がベース、僕がヴォーカル、タンブリン&マネージャー(笑)。
ギターとドラムも中学時代の同級生でしたが、後に僕の高校の級友、西口(ギター)と米沢(キーボード)が加わります。曲は「テル・ミー」、「タイム・イズ・オン・マイ・サイド」、「ティル・ジ・エンド・オブ・ザ・デイ」、「いとしのルネ」、「ルイ・ルイ」、「ユーヴ・リアリー・ゴット・ア・ホールド・オン・ミー」、「今日を生きよう」、「キックス」ほか。
「くじらの唄」西口

西口純一「くじらの唄」


長崎大学の学祭や遊園地で演奏したり、ヤマハのライト・ミュージック・コンテストに出たこともありました。
THE OTHERのギタリストで SOON!のメンバーだった西口は1972年にワーナーからシングル「くじらの唄」でデビュー。この曲のアレンジは 矢野誠さんでした。
 

OBA
内ジャケの写真にチラリと見える「SOON!」の文字、小宮さんから聞いた話だと、このSOON!というコミュニティ?がはっぴいえんどやシュガー・ベイブを長崎に呼んだそうですが、いったい SOON! って何なんですか?ちょっと詳しく教えてください。
SOON
 

長門
高校時代のバンド仲間や友人たちはほとんど、関東の大学に進学しました。 いつも杉並にあった小宮のアパートに集まってはレコード聴いたり、高円寺のロック喫茶、ムーヴィンに通ったり、みんなで神田や新宿の中古レコード屋にレコード・ハント行ったり。その頃、ミニコミ・ブームというのがあって、僕たちも好きな音楽について語る音楽ミニコミを作ろうと。

大震祭

1971大震祭ちらし(クリック拡大)

 
「SOON!」というのはラヴィン・スプーンフルのジョー・バトラーが出演したロック・ミュージカルのタイトルから名付けたものです。
創刊0号発行は1971年6月。当時高校生だった長崎の後輩や女子高生たちも手伝いたいと言ってくれて参加するようになり、一時期は30人近いメンバーがいましたね。長崎と東京で交互に編集し、ガリ版で作った「SOON!」はロック喫茶、ジャズ喫茶に置いてもらったり。
ある時、小宮たちと 『ウッドストック・フェス』の記録映画を観に行って、こんな野外コンサートやってみたいねという話で盛り上がって、71年の夏に長崎の稲佐山頂上にあった野外音楽堂でフリー・ロック・コンサートを開いたんです。
大震祭1971

大震祭1971/8/21

 
この時は小宮はもちろん、アレンジャー、ピアニストの矢野誠さんのバンドも演奏。
以降、何度かSOON!主催のコンサートを開き、
その中に "シュガーベイブ""はっぴいえんど""吉田美奈子"、

"矢野誠"、"布谷文夫"など、東京から招いたミュージシャンもいたわけです。
2007年には、SOON!のオリジナル・メンバーとその家族たち30数名が横浜のライヴ・ハウスに集まり、記念イベントを開きました。
『64』に収められた曲には、SOON!の仲間たちのニックネームやエピソードがたくさん登場します。

ジョン・セバスチャン&小宮&長門夫妻


OBA
内ジャケに小宮さんと長門さんがジョン・セバスチャンと映った写真がありますね。これはどんないきさつで?
 
長門
小宮と出会って、ラヴィン・スプーンフルで意気投合して、一緒にバンド組んでなかったら、その後、そして現在の僕はなかったでしょうね。ロングヘアーで丸眼鏡をかけてた70年代前半の小宮は、まるでジョン・セバスチャンみたいでした。 シュガーベイブのデビュー・コンサートに出た時の 「小宮やすゆうとレッド・アイ・エクスプレス」はジョンの曲名から名付けたもの。
シュガーベイブのデビュー・コンサート

シュガーベイブのデビューコンサート※クリック拡大

 
小宮のオリジナルに「コーヒー・ブルースをもう一度」というのもあって、1977年にジョン・セバスチャンが来日した際、小宮がジョン本人にその曲のカセットを渡したんです。その2年後にウッドストックのジョンの家に遊びに行ったんですが居間のレコード棚に小宮のカセットがちゃんと並べてあったのを見た時は感激しました。
 
ラヴィン・スプーンフル

ラヴィン・スプーンフル

OBA
「うららかワルツ」に登場する 「MOG」 というお店について少し教えてください。
 
長門
僕が大学ドロップアウトして、一時期、長崎に戻り、道路工事の仕事している時(浅間山荘事件の頃)、アパートにわりと近い場所に 「MOG」という小さなレストランを見つけたんです。
BGMがCSNやジェイムズ・テイラーだったり、好きなレコードかかってたので、毎日通うようになり、店主夫婦と仲良くなったんです。でも開店時間過ぎても店が開いてないことも度々で、僕はふたりが住んでいた2階の窓ガラスに下から小石を投げて、起こしたり(笑)その後、僕は東京に戻って、小宮の誘いで四谷にオープンしたばかりのロック喫茶ディスクチャートで働くようになります。相変わらず貧乏だったので、長崎のMOGやSOON!の仲間から食料の差し入れが届いたりした時は涙出るほど嬉しかったですね。
 
岩永光平

スティーヴン・スティルス好きなMOGのマスター岩永光平さん


72年夏にシュガーベイブのコンサートやるために山下君とター坊と3人で東京から長崎まで車で行った時も、真っ先にMOGに連れて行きました。当時から小宮の才能を買っていた店主の岩永光平さん、
きっと今頃は自分のために作られた 「うららかワルツ」を聴いて、天国で喜んでいることでしょう。
 

OBA
シュガーベイブが小宮さんのオリジナル曲を演奏してたようですが、その経緯を教えてください。
 
長門
シュガーベイブが僕と小宮が働いていた四谷のディスクチャートから誕生したということは Wikipediaほか、
『SONGS』30th

『SONGS』30th

多くの記述があるので省きます。シュガー結成初期はまだオリジナル曲が少なかったし、山下君も小宮の音楽的才能を買っていたので、小宮の書き下ろし曲やデル・ヴァイキングス、ジョー・サウス、キャロル・キングのカヴァーなどもレパートリーにしていました。
小宮作の「それでいいさ」、「想い」、「港の灯り」の内、 「想い」『SONGS』30周年記念盤にライヴ・ヴァージョンが収録されています。僅かですが、たまに僕にも作詩印税が入ってきます(笑)
 
 
OBA
なんだか日本のロック史の記憶遺産になりそうな貴重なお話が聞けてよかったです。今日はどうもありがとうございました。 
 
 
長門さんと小宮さん。1972年、杉並の善福寺公園にて

 
 


長門芳郎プロフィール

長門芳郎

1950年生れ 長崎市出身。(株)ビリーヴ・イン・マジック代表
音楽プロデューサー、音楽雑文家。
 
70年代初期から後期にかけ、シュガー・ベイブ(山下達郎/大貫妙子ほか)、ティン・パン・アレー(細野晴臣/鈴木茂/林立夫)のマネージャーとして、コンサート/レコード制作に携わる。
70年代末~80年代末には、南青山の輸入レコード店パイド・パイパー・ハウスの店長/オーナーを続けながら、ピチカート・ファイヴのマネージメント、海外アーティストのコンサートをプロデュース。ヴァン・ダイク・パークス、ドクター・ジョン、リチャード・トンプソン、フィービ・スノウ、ダン・ヒックス、ジョン・サイモン、ローラ・ニーロ、ピーター・ゴールウェイ、NRBQ、ハース・マルティネス、MFQ、ロジャー・ティリソンほか多数の来日ツアーを手がける。
80年代末にヴィレッジ・グリーン・レーベル(ポニーキャニオン)をスタートさせ、海外アーティストのレコード制作に携わる。98年からは、ドリームズヴィル・レーベルのレーベル・プロデューサーとして、数多くのアルバム制作を行なっている。
以上の仕事の傍ら、70年代から現在まで、数多くの洋楽アルバム/CDのリイシュー企画監修、アート・ディレクションを行い、その総数は1500タイトル以上。
現在、音楽番組「ようこそ夢街名曲堂へ!」(K-MIX)にレギュラー出演中。 著書に「魔法のBEAT」(MF WORKS)がある。
レコード・コレクターズ誌に「長門芳郎のマジカル・コネクション」連載中。
 
●FM音楽番組「ようこそ夢街名曲堂へ!」公式BLOG
http://d.hatena.ne.jp/yumemachi/
 
 
 
大場章弘(タートルスワンプレコード)
1960年生れ 長崎市出身 愛知県西尾市在住
DAY OFFICE代表 ウェブ担当、『64』でギター、バッキングヴォーカルで参加。
※タートルスワンプレコードは『64』をリリースするために立ち上げたインディペンデントレーベルです。